トイレの神様がいる国、日本 ~神道・仏教・土着信仰~
お寺で働く中で、やることがふとなくなって、ちょっとした時間が宙に浮いた時、わたしはできるだけ掃除をするようにしています。
基本的に手を動かしていないと気が済まない性格なのです。
せっせと掃除をしてはいるものの、どうしても好きになりづらい、トイレ掃除。
わたしが働くお寺のトイレは、比較的キレイな方だと思います。それでも、男女それぞれ複数便器があり、不特定多数の老若男女が使用するトイレの掃除は、シンプルに大変というのが正直な本音です。
ビニール手袋と二重にしたマスクを装備して、先日やっと、重い腰を上げてトイレの大掃除をしたのです。
植村花菜さんの『トイレの神様』
作業をしている中で、なんとなく脳内で流れた曲です。ヒット曲となった、植村花菜さんの『トイレの神様』懐かしいですね。
調べてみると2010年にリリースされたそう。今から12年前なので、わたしが24歳の頃にヒットした曲です。
ファンの方には申し訳ないのですが、当時、特別好きな曲というわけではありませんでした。タイトルやサビの歌詞が印象強かったことと、ヒット曲に敏感な年齢であったことから、覚えていたのでしょう。
歌詞も全て知らなかったので、検索してみたところ、
『トイレには綺麗な女神様がいて、トイレを綺麗にするとべっぴんさんになるんだよ』と教えてくれたおばあちゃんとの思い出を歌った曲でした。
日本のトイレは世界トップレベル
有名な話ですが、日本のトイレは世界一綺麗と言われています。
私が行ったことのある国(アメリカ・スウェーデン・タイ・ラオス・ベトナム)のトイレを思い出してみても、やはりトップレベルに綺麗だと感じます。
豪華絢爛なアメリカの若者セレブの人間関係を描いたドラマ『ゴシップガール』でも、女優として成功している女性が日本ロケへ行き『日本のトイレはしゃべるのよ!』と彼氏に国際電話をしていたシーンがあります。
衛生面のみならず、機能面でも優れているのが日本のトイレ。
日本人はトイレに敏感?!なのでしょうか。少なくとも、アメリカセレブもビックリなトイレを持つわたしたしです。
土着信仰におけるトイレの神様
便所神(べんじょがみ)、厠神(かわやがみ)、雪隠神(せっちんがみ)という言葉を聞いたことがあるでしょうか。
八百万の神様を持つわたしたちの先祖は、やはりトイレに神様を宿していました。トイレには神様がいるのです。
地域によって祀るご神体の形状に違いがあるばかりか、トイレの神様そのものの特徴も大きく異なるようです。
例えば、植村花菜さんのおばあちゃんが言うように、美人できれい好きという伝承を持つ地域もあれば、片手がない女神様であるとか、盲目の女性の神様であるとか、そういう特徴を持つとする地域もあるようです。
いずれにしても、ほとんどの場合は女性の神さまで、しかも産神さまとしてお母さんや産まれてくるあかちゃんを守る神様にもなるのです。
「※諸説あり」ですが、ちょっと深ぼってみてみましょう。
トイレ=出産?!意味がわからない!?
トイレの神様が出産の神様になるなんて、謎すぎませんか?
わたしは全くその等号に納得がいかなかったので、さらに調べてみました。ちゃんと納得のいく仮説があったので、ご紹介します。
- 女性の血の道を整える場所であること
- トイレで倒れる人が多くいたこと
この2つの理由から日本人は、トイレをあの世とこの世の境目として認識していたようです。
①は生理のこと。生理不順は不妊に繋がると、古代の人は考えていたのでしょう。女性にとってのトイレは、そのサイクルを整える場としての機能を持っていた。つまり、血の道を整え、清潔にすることで不妊を避け、健康な子を産むために祈願する場であったというわけです。
②昔はトイレを家の外に置いていた習慣があることから、トイレの中で人が倒れることが多々あったことから、生死をわかつ場所として認識されていたとされる説があるそうです。
その他にも、『不浄』とされる場であったから『けがれ』として冥界と同じように考えられていたとか、川で用を足していた時代に水難で亡くなる人がいたから『死』と直結しているなどの説もあります。
どちらにしても、日本人はトイレを、『生と死の境界線』として認識していたことから、トイレの神様を生を司る産神さまとして祀る習慣ができたというわけです。
神道における『トイレの神様』
ここまで調べていくと、結局のところ、『トイレの神様』って誰なんだ?!という疑問が芽生えてきますね。
古事記といえば、昔むかし日本を創った神様とその末裔たちのお話ですよね。
イザナギノミコトとイザナミノミコトが結婚して森羅万象の神々を産みます。石・土・海・風・山…そんな感じの、この世を司る神様です。そして火の神様を産んだ時、ママであるイザナミは燃えて死んでしまいます。その後、紆余曲折あってこの世に残ったパパ、イザナギは、川であのアマテラス・ツクヨミ・スサノオの三貴子(三姉弟)を誕生させました。有名なお話です。
もったいぶらずにお伝えすると、トイレの神様の名前は
- 埴山毘売(はにやまひめ)
- 水波能毘売(みはのひめ)
というそうです(漢字や読み方が違う場合もあります)。この2人の女性の神様が、トイレの神様と言われているそうです。
ではこの、二人の神さま、どうやって誕生したと思いますか?
なんと、火の神様を出産した時に、イザナミの糞から埴山毘売、尿から水波能毘売が産まれたんだそうです!
古代人らしい、直接的なお話に圧倒されますが、よくよく考えてみると、アマテラスたち三貴子よりも先に産まれた、いわばお姉さん?
パパであるイザナギから三貴子は産まれているので、腹違いではなく…なんと表現したらいいのかわかりませんが、濃い血縁関係にはあるようです。
仏教における『トイレの神様』
烏芻沙摩明王(うすさまみょうおう)さまです。
明王と聞くと、お不動さまや、金剛夜叉さまなどが思い浮かびますが、同じように怖い顔をしている仏さまです。
烏蒭沙摩明王さまは、ザックリ言うと不浄を清浄にする能力を持っている明王さまです。
まさにトイレの神様にうってつけ…!
ちなみに、うすさま様は元々インドの神様『ウッチュシマ(Ucchuṣma)』だそうです。ウッチュシマは別の名を『アグニ神』といい、インド神話では火の神様なんだとか。
ウッチュシマさまが持つ猛火で『けがれ』を焼き尽くす、そんな神様だそうです。
イザナミノミコトが火の神様を出産した時、日本のトイレの神様は誕生しました。火の神様という共通点があって、ワクワクしてしまいますね。
トイレを大事にする日本人
土着信仰、神道、仏教…。日本での信仰の中には、トイレの神様はやっぱり存在していました。
そして今日まで信仰はどんどん発展していき、『妊婦はトイレ掃除をすると良い子が産まれる(男児が産まれる・健康な子どもが産まれる・美人や美男が産まれる)』と言う地域も多んだとか。
個人的には、これにはちゃんと理由があるような気がします。わたしが1号くんを出産する前に読んだ育児系雑誌に、
しゃがむ体制をとることで骨盤が柔らかくなり安産につながるので、体調が良ければ床の拭き掃除をしましょう
という内容のことが書いてありました。トイレ掃除をする時にしゃがんだ昔の人の骨盤も、そうやって柔らかくなったのかな~なんて思ったりします。あくまでも想像ですが。
いずれにしても、日本のトイレには神さま仏さまがいらっしゃる。
こりゃ~不浄扱いできない!
トイレ掃除をすることに、「重い腰を上げて」なんて表現している場合ではありません。
トイレを、単なる【排泄空間としての不浄な場所】扱いをしてこなかったわたしたちの先祖にならって、わたしもトイレを清潔にしなければ。
そしてそれと同時に、子どもたちにも神さまや仏さまのことを話して、トイレを大事にする大人になってもらいたいと願うばかりです。
参考文献
『日本人なら知っておきたい!カミサマを味方につける本』井戸理恵子著
『ほとけさまのサイン』浦井正明著
『日本の神々と仏 信仰の起源と系譜をたどる宗教民俗学』岩井宏實著
『広説佛教語大辞典』中村元著
吉川弘文館『日本民俗大辞典』